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被爆者の生の声が聞かれます

右脳俳句で自分史作り

心を癒す風景画


-占い-
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俳句

2010年2月28日 (日)

二月句会(2010)

兼題は「犬ふぐり」(ゴマノハグサ科の一二年草、本州以南の道端や畑などに生える。茎の下部は地をはい、長さ15センチぐらいで、葉は卵円形。春、淡紅紫色の小さな花を開く。実は扁平な球形で名は実の形からいう)。

どこにでもある犬ふぐりだが我が狭庭にはほとんど見かけなくなり、会員の人たちも少なくなったということでした。そのせいか皆さん句作に苦労されたようです。

犬ふぐり日ざしなきごと有りしごと  田鶴子

ふる里のあの場所に咲く犬ふぐり   路子

墓地に咲く犬ふぐりのみ抜かず置く  山人

知る人の減りし故郷犬ふぐり     洋子

よく弾む園児の声や犬ふぐり     千代美

野辺にあり小さき命の犬ふぐり    伯水

雑草を抜く手を休み犬ふぐり     寂水

パレットの中のひと色犬ふぐり    汀子

                                                                                                                                                                                                                         

春を呼ぶ干支のランタン花添えて  伯水

長崎ランタンフェスティバルも今日で終わりました。天地が躍動する春の始まりです。

2010年1月31日 (日)

初句会

毎年恒例の初句会、主宰夫人が八十半ばなので昼間の会となり、全員出席の和気藹々楽しい会となった。例会は六句出句だが新年会は三句出句、一時間ほどで終わり、あとは3千円の料理に舌鼓を打って散会した。

煮凝や夫亡きくらし慣れもして  田鶴子  煮凝(にこごり)

初笑い初泣きもありめでたけれ  路子

一年に一日の縁賀状読む     山人   一日(ひとひ)、縁(えにし)

愛用の針山も古り縫始       洋子   縫始(ぬいはじめ)

年迎ふ良きことありと思ひたく  千代美

亡父に似て白髪増えし初鏡    伯水

初釜や若き声して華やぎぬ    寂水

春隣電車乗り継ぎ郊外へ     汀子

「雑感」

月日が飛ぶように過ぎてゆく。山人の口癖であるが早や一月尽である。昨年の正月は人生初めて夫婦二人だけの正月だった。ことしは年末から末娘が孫連 れて泊まり込み、二日には東京の娘一家4人が里帰り、3日には末娘の婿も里帰りから戻り、9人の大所帯となった。また次女の友達三人が各々二人の子供連れ て来家、保育園のような賑わいだった。この人数を手作りおせちでもてなす我妻はスーパーレディであると、ほとほと脱帽であった。
昨年の大晦日、心 肺停止で生まれ、脳障害を危惧された次女の次男も我が家に来てから十歩ぐらい歩けるようになった。子供の成長の早さに驚く次第である。次女の長男はことし 小学生、喜怒哀楽が激しく感情をセーブすることができない。しかし母親が辛抱強く自由にさせている。他人が見れば何で叱らないのかと思うが、私はそれは正 しい育て方だと思っている。それはこの子が保育園では問題児でなく、保育士さん達から「この子は分かりやすくて可愛い」と言われているからだ。小学校から の友人で元小学校長がいるが、一番指導で難しいのは、いじめの首謀者の親を呼んで注意すると、「うちの子は家では全く問題はない、そんなことをするはずが ない」と親が信じてくれないのが一番困るということだった。家ではお利口さん、安心してはいけない。かなり脱線してしまった。

たびたび言うが、人生の勝利者は「名声/名誉」「出世」「富」ではなく、健康で長生きしたものである。これも私の口癖であるが、この全てに縁のない 山人がいうと負け惜しみのように聞こえて説得力がないのが悩ましいところである。体の内外ともに傷だらけの障害者であるが、精神の健康だけは保ち続け、正 義と真実を見極める目を曇らせることなく、日本尊厳死協会の一員として「ぴんぴんころり一週間」で生涯を終えたいと思うきょうこの頃である。

初句会の帰りに眼鏡橋をパチリ
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2010年1月13日 (水)

きょうの俳句「雪見」

朝起きてカーテンを開けると雪国だった。近年では珍しい事である。

覚悟して風邪引きに行く雪見かな  杉山 杉風(さんぷう)

村人に雪の見所習ひけり      黒柳 召波

門を出て行先まどう雪見かな    永井 荷風

現代では雪見を楽しむという風流はすたれてきたようだが、雪月花は昔の風流の極みであった。しかし豪雪地帯の人々には雪見を楽しむというのはとんでもない話でしょうね。 

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2009年12月31日 (木)

きょうの俳句「除夜の鐘」

除夜の鐘は人間の百八の煩悩を消し去るためというが、毎年撞くのは消し去ることができないからでしょう。煩悩を消し去る事が出来ないのが人間といえそうです。

どう聞いてみても恋なし除夜の鐘  岩間 乙二

除夜の鐘と恋の取り合わせが面白いです。普通の人には全くその通りと感じるのでは。
乙二は江戸時代後期の人で陸前(宮城県)白石の千住院住職。

除夜の鐘幾谷こゆる雪の闇  飯田 蛇笏(だこつ)

きょうはこうゆう除夜の鐘が全国各地で聞かれるのでしょうね。

サイモン・ラトルの「第九」を聞いています。名演奏です。今年も今日で終わり、個人的にも色々な忘れえぬ出来事がありました。政治の世界では政権交 代が歴史的な出来事として記録されるでしょう。しかし民主党らしさが見えてくるのは「2011年度」からだと私は思っています。まあじっくりと見守ってい きたいと思います。
例年だと大晦日に仏壇と神棚の掃除をして、子供達をつれてお墓参りに行くのがぱパターンでした。今年は27日墓参りをすませ、仏壇と神棚の掃除も29日に終わりました。余裕の大晦日です。では皆様良いお年をお迎え下さい。来年もよろしくお願いいたします。

戦前は高射砲陣地があり一般人は登ることが出来なかった稲佐山。
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2009年12月26日 (土)

きょうの俳句「賀状書く」

賀状書くだけの縁(えにし)を大事とす  片岡 光子

皆さん、賀状はもうおすみですか?永六輔さんは年が明けてから賀状は書くと言われていました。昔は二日の書初めから松の内に賀状は書くものだったと、ローカル紙のコラムにあった。私は昨日に投函しました。

現役時代は両親の縁の引継ぎもあり、百枚を超えていた年賀状も今や百枚を超えることはない。賀状を出して四日までに来なかった人には、翌年から賀状 を出さない。翌年来ても返事を出さないとそれで縁が切れる。その程度の縁だったということだろう。そのようにして賀状を減らしてきた。しかし定年後十年 経っても賀状が来る人とは、たとえ賀状だけの縁でも大事にしたいと思う。そして今まで添書きがなかった人も、最近は一言添書きをする人が多くなってきた。 こちらも一言は書き添えるようにしている。九割ほどはパソコンなどの印刷物になってきたがそれでも工夫の跡が見え面白い。例え一年に一度の縁であってもそ の人との過去のふれあいは消えるものではない。だから賀状だけの縁を私も大事にしたいと思っているのである。

昨夜は、末娘夫婦と婿の両親、仕事が終わった長男も加わり「メリークリスマス」と言わないパーティを開いた。全て妻の手作り料理、11時近くまで団欒の時を過ごした。
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不眠症のもも姫、抱っこする人をじっと見つめるようになりました。
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2009年12月18日 (金)

きょうの俳句「忘年会」

姥(うば)ふえてしかも美女なし年忘  宝井 其角

其角(きかく)は、芭蕉の一番弟子、「夕すずみよくぞ男に生まれける」「名月や畳の上に松の影」という名句をものにしている。この句は女性から 「ほっとけ」と苦情が出そうな句であるが男性優位の江戸時代である、美女を侍らして酒を飲みたいと思うのは男なら当たり前のことである。しかし忘年会とな れば美女はいなくてもそんなことに関係なく年忘会は楽しいものである。と解釈しなければならい。しかし古句ながら現代に通用するところがおもしろかです ね。

山人の忘年会は、ボウリングの会と小学校クラス会の幹事で開く忘年会の二回である。クラス会は五、六人で昼間に食事するだけであるが、ボウリングは 職業、身分にまったく関係のない赤の他人だったものたちが和気藹々と団欒するのは楽いものである。今回は、幹事が「じゃんけん大会」といっていきなり 「じゃんけん」を始めた。じゃんけんは、会社時代60人ぐらいの忘年会の余興「じゃんけん大会」で優勝して、スペイン製の天使の陶器(値段は数万)獲得し たことがある山人である、13人ぐらいなら楽勝である。何が貰えるかと思ったら何と女装をさせられてしまった。70年をこえる生涯でこんな恥ずかしい思い をしたのは始めである。家に帰って両親の仏壇に涙ながらにお詫びをした次第である。

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2009年12月13日 (日)

十二月句会(21)

昨年暮、主宰が亡くなられ存亡の危機にあった我らが句会は、主宰夫人を新たな指導者として仰ぎ、会の運営進行は山人が引き継ぎなんとか納句会までこぎ着けた。大手術をして十ヶ月ほど休養された人も参加されて久しぶりに全員参加の楽しい句会となった。
兼題は「日記買う、日記果(は)つ」と十二月雑詠でした。

記すこともなき日もありて日記果つ 田鶴子

亡き夫の机辺そのまま年は行く   田鶴子(高点句)、机辺(きへん)

こもごもの言葉収めて日記果つ   路子

気掛りなことの終らず日記果つ   山人

過去は過去望み新たに日記買ふ   洋子

忌を修し師走心となりてゐし    洋子(山人特選句)

虚子の句碑出会う小春の一日かな  千代美

苦も楽も早や忘却の古暦      伯水

暮近し師の一周忌夢の内      寂水

点滴の落下ゆるやか日短      汀子

長崎市民会館横の銀杏並木(現在はもう散り尽くしてしまいました)
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諏訪神社、どんこ茶屋
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諏訪神社境内
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2009年11月23日 (月)

十一月句会(09)

今月の兼題は「返(帰)り花』、数年前の塩害のとき、葉が散り尽くした木が春が来たと間違えて春のように花を咲かせたことがありました。が今年は返り花はまだ見かけることがなく昔を思い出したりしながらの句作にみなさん苦労されたようでした。

 ひと日ひと日過ぎてゆくのみ帰り花  田鶴子

 ひと巡りして四キロの島小春     路子

 過疎進み廃校決まり返り花      山人

 嬰児の笑みてしかめて小春かな    洋子

 返り花空のきれいなひと日かな    千代美

 帰り花見んと思ふて丘登る      伯水

 病める身に優しさ見たり帰り花    寂水

 てふてふのとんでゆくさき返り花   汀子

昨年の暮に亡くなられた句会主宰の一周忌が菩提寺「大光寺」で催されました。句会進行を引き継いだ山人として師の偉大さを思い知るばかりでありま す。今や山人の父母、ほぼ全て鬼籍に入られた句友たちと俳句を楽しまれているかなと思いをはせるながら読経を聞き入りました。合掌!

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2009年11月15日 (日)

きょうの俳句「七五三」

 七五三の飴も袂もひきずりぬ  原田 種芽

 帯解の子の髪結うておとなしく  杉戸 乃ぼる

十一月十五日は七五三です。正確には「七五三の祝」を略した言い方。昔は三歳になって剃っていた子の髪を伸ばし始める儀式「髪置(かみおき)」。男 子が五歳になって初めて袴をはく儀式「袴着(はかまぎ)」。女子は七歳まで着物を付け紐で着付けていたのが、初めて帯を結んで晴れ着を着る儀式「帯解(お びとき)」が現在の七五三となったといわれる。
江戸時代から盛んになったようで俳諧でもよく詠まれていました。

 かみ置やうしろ姿もみせ歩く  炭 太祇

 袴着や子の草履とる親ごゝろ  小西 来山


我が家のピーチ姫(黄疸中)、ピーピーとよく泣いています。
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2009年11月 6日 (金)

きょうの俳句「冬隣」

 母となる吾母と居て冬隣  大高 翔

季題・冬隣(明日7日は立冬、暦の上では冬に入ります)

ちょうど山人の末娘がこの句にピッタシカンカンでした。そして昨日、無事女の子の母親となりました。

妻、長女、次女とみんな難産だったのに、この娘は分娩室に入って40分ぐらいで生まれるという安産でした。

末っ子だからかなり甘やかして育てたので、出産の痛みに耐えられのかと心配していた が、我慢強い姉たちに負けまいと思ったのか、根性を出したようで看護師からよく頑張ったと褒められたそうだ。

赤ん坊の初体験、検温を尻からされたのだが何とも不快そうな顔をして眉をしかめたのには大笑いだった。

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2009年10月25日 (日)

09・十月句会

独り居の暮し身につき大根煮る  田鶴子

退きし町医の住居萩白し     路子

一人居の家の灯らず暮の秋    山人

身に入むや返す言葉を選びつつ  洋子

身に入むや母の形見の羽織着て  千代美

身にしむや妻退院の祝い酒    伯水

秋遍路行きてみたしとふと思ひ  寂水

身にしむや遺愛の茶器の浅き瑕  汀子

十月の兼題は「身に入(し)む」と晩秋雑詠でした。「身に入む」は各人の感じ方の違いが選句に表れました。

私の 時の立つ早さ身に入む齢かな はまあまあのできと思っていたのに無点句でした。

俳句の知識はあっても、句作の才能のなさに落ち込むことしばしばでござりまする。

俳句と関係ありません。

飛行雲

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天草

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2009年10月21日 (水)

きょうの一句「秋の川」

 石投げて少年離る秋の川  小合 千絵女

眼鏡橋がある中島川沿いは山人の散歩道である。川には鯉が泳ぎ、亀が甲羅を干し、いつも百円アイス売りが二人いる。時折修学旅行生から眼鏡橋を背景に写真を頼まれたりする。

少年時代は家庭の汚水が流れ込みどぶ川の様相をしていたが、今や家庭の水洗化がすすみ鮎らしい魚影がきらきら光るのも見られる。また石垣には愛の「ハート石」があり修学旅行の女子高生が石の前で写真を撮ったり撮られたりしている。

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さてこの愛の「ハート石」はどこにあるのかな?

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2009年10月12日 (月)

きょうの俳句「体育の日」

万歩計先ず買ひに行く体育日  山田 節子

(1964年東京オリンピック大会開会式の日を記念して1966年に設定されていたが、2000年から10月の第二月曜日になった)

当地ではこの日市民体育祭が開催される。現役の時卓球(シングルス)に参加したが一回戦で審判をしていた役員と当たりダブルスコアで負けてしまった。

退職後はテニス(ダブルス)に参加していたがくじ運が悪くCクラスで二回戦止まりだった。自分では体育会系と思っているが今は昔の話である。

あばら雲?
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2009年10月 4日 (日)

きょうの俳句(十六夜)

 十六夜や鯨来初めし熊野浦  与謝 蕪村

雄大な景、説明はいらないでしょう。

熊野灘(三重県志摩半島の大王崎から和歌山県潮岬にいたる海域)

昨夜の名月は見事でしたね。デジカメのオートで撮ったものの真っ白けで月の影が撮れません。手動に替えて悪戦苦闘、何とか撮ることが出来ました。オートは意外に不便でした。今夜は十六夜ですが、天文学的に云えば今夜が満月、昨夜より月は丸く見えます。

季題・十六夜(いざよい、いざよひ)、陰暦8月16日の月、いざよいはためらう、ぐずぐ ずするの意。十五夜よりためらうように少し遅く出てくることからの意。

また十七夜を「立待月・たちまちづき」、立って待っていれば出てくる。

十八夜を「居待月・いまちづき」月の出がより遅くなるので縁側などで座って待つ。

十九夜を「臥待月・ふしまちづき、寝待月」寝て待つ。

二十夜を「更待月・ふけまちづき」夜が更けた頃にでる。などなどと月をとことん楽しむのは日本だけの風習のようです。なんとも風流ですな。

2009年10月 3日 (土)

きょうの俳句(中秋の名月)

今日は陰暦8月15日、中秋の名月である。陰暦では7月、8月、9月が秋だから、8月は中秋になる。

     しみじみと立ちて見にけりけふの月  上島 鬼貫

   上島 鬼貫(うえじまおにつら・<1661-1738>芭蕉とほぼ同時代の人)

この句は前書に病後とある。病後でまだ体がおぼつかないが、きょうは中秋の名月 、外に出てもう見ることが出来ないと思った名月を眺めている。しみじみと立ちというところが、病気が辛かったようすがうかがえる。

俳句の世界では、花といえば桜の花をさすように、月といえばは秋の月をさす。
 陰暦7月15日の月を「盆の月」、陰暦8月15日の月は「中秋の名月」、陰暦9月13日の月を「十三夜」と称し月を愛でる。
なお名月、明月、今日の月、月今宵、名高き月、名立(だ)たる月、端正(たんしょう)の月、満月、望月、望(もち)の月、望月夜、十五夜、三五(さんご)夜、三五の月、中秋、良夜、芋名月、全て陰暦8月15日の月をいう。 
また天文学的な満月、十五夜は毎月あるが、俳句では陰暦8月15日の月をさす。

手持ちでやっと撮れました

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2009年9月26日 (土)

09・九月句会

  今日は今日過ぎてゆくのみちちろ鳴く 田鶴子

  寝ぐぜりの子に虫の音と子守唄    路子

  鈴虫や一期一会の鈴を振る      山人

  遺されし杖玄関に敬老日       洋子

  遊園地コスモスの風孫とゐて     千代美

  妻病みてひとり夕餉の秋刀魚焼く   伯水

  四五本の薄風呼ぶ小庭かな      寂水

  水引のここにも一つとんで咲き    汀子

二ヶ月ぶりの句会でした。二ヶ月も休むと頭が惚けそうになると言う人もあり、侃々諤々の俳論が飛び交いました。

天草にある友人宅の白い彼岸花がきれいでした。
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2009年8月29日 (土)

きょうの俳句(稲光・秋の雷)

きょうの俳句

うつむく母あふむく赤子稲光    西東 三鬼

秋の雷つぶやきに似て鳴り終わる  三浦 ゆう

数日前にこの俳句のような光景が我が家で見られました。

いよいよ明日が投票日である。福田内閣が自民党最後の内閣とブログに書いたのに、選挙管理内閣として登場したはずの麻生政権が10ヶ月も続くというみぞゆう?の出来事に、冠動脈がぼろぼろで心臓病の障害者手帳を持っている山人は、いまや不整脈が頻発するという異常状態になっている。というわけで、明日の結果は山人の不整脈が治まるかどうかの重要な意味合いを持っている。小生もあと少しは長生きしたいので、不整脈が治まる結果を多いに期待しているのである。

2009年8月18日 (火)

きょうの俳句(帰省)

 帰省して母と並びし厨かな  須藤 千寿子

季題・帰省(帰省は年末にもするが長い夏休みに帰省する機会が多いので夏の季語となっています)

昨年、母子共に九死に一生を得た娘が帰省しました。毎年お盆に帰省していたのに今回は航空運賃が安くなるお盆過ぎの帰省となりました。大阪の娘も経済的理 由で今年は帰省しませんでした。麻生総理は、党首討論会で経済は回復しつつあると言っていたが、庶民には全く関係のない話でした。

この娘には私が小・中学校から知っている親友達がいます。30半ばになった今も、ちゃん付けで呼んでいる遠慮がいらない子供達です。今日は早速3人 の友達が遊びに来ました。それぞれに子供が二人ずつ、8人の子供が集まるとてんやわんやの大騒動、子供達だけの記念写真もこんなありさまでした。

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2009年8月15日 (土)

きょうの俳句(長崎の精霊船)

精霊船航く爆竹をさかんにす  下村 かよ子

古式踏む精霊船の粛々と

という船はもうほとんど見かけなくなった。一昔前は精霊船が一番多く通る場所は背伸びしないと見えなかったのに、今は一番前で見ることが出来る。見 物人が減っているのである。原因は一つ、爆竹である。耳に栓をしないとやかましくて我慢できない。山人もここ数年素通りである。爆竹を一箱燃やすのも珍し くなくなってきた。いずれ大やけどするとか失明するなどの大事故が起きても不思議ではない。
時代が悪くなると、爆竹を鳴らして憂さ晴らしをしたくなるのかもしれないですね。

飛行雲

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出発前の精霊船(これは金がかかっています)

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これからは婿の作品。 これも大きい。

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小型の船

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こんな船も

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2009年8月14日 (金)

今日の俳句(盆)

長崎はお伽絵ごと盆三日  森 冬比古

長崎では、夕方からお墓へ行き花火などをするのが常識です。

初盆の所は灯籠を掲げ、帰ってきた御霊をお迎へします。

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2009年7月10日 (金)

今日の俳句読本

7月10日(金)国土建設記念日、納豆の日、ウルトラマンの日

  陰暦・閏五月(皐月)十八日 仏滅 二黒土星「大潮」 
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     水貝に一箸つけし病余かな  百合山 羽公

季題・水貝(新鮮な鮑を塩で洗い、身を賽の目に切って水で冷やして食べ

る。氷を浮かべたり、サクランボや胡瓜をあしらうとより美味しく食べら

れる。夏の料理の一つ。こんな洒落た料理は食べたことがありませぬ) 

病余(びょうよ・病気が治ったすぐあと)

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  余禄   今日の名言

誰でも長生きはしたいが、年寄りとは呼ばれたがらない『北欧の諺』

(テレビ、ラジオのアホレポーターから「おじいちゃん!おばあちゃん!」

と呼ばれて腹が立たなくなったら墓場が近い?)
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今日の写真

ノイシュバンシュタイン城の帰路によった公園
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2009年7月 7日 (火)

今日の俳句読本

7月7日(火)小暑(二十四節気の一つ、夏本番となる)、冷やし中華の日、浴衣の日

(七夕を新暦で祝うなんてナンセンスである。俳句では当然ながら秋の季題である。陰暦で行われていた行事は陰暦で行うのが理に叶っている)

  陰暦・閏五月(皐月)十五日 先勝 八白土星「大潮」 
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     話し寄り話し別れて草取女  富安 風生

      季題・草取(草むしり、真夏日の草取は大変である)
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  余禄   今日の名言

    ライオンのように吠えて野鼠のように逃げる『モンゴルの諺』

   (意見だけは正論らしきものを大声で言うが、いざ自分が責任者となって
   実行するのはしりごみする。身近にいるよね、こんな人)

 今日の写真

ミューヘンから白鳥の城といわれてる有名な「ノイシュバンシュタイン城」へ日本人のガイド付きバ行く。
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ノイシュバンシュタイン城の窓から
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ノイシュバンシュタイン城の見学はガイド付きです。ドイツ語、フランス語、イタリア語、英語と4列に並びます。山人一行は英語は分かるという顔をして英語の列に並びました。

2009年7月 3日 (金)

今日の俳句読本

7月3日(金)ソフトクリームの日、通天閣の日、波の日(語呂合わせ)

  陰暦・閏五月(皐月)十一日 先負 四緑木星「若潮」 
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     大粒の雨ふる青田母のくに  成田 千空

      季題・青田(田植から一ヶ月ほど過ぎ稲が伸び青々としてきた田をいう)

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  余禄   今日の写真

ミューヘン(ネギ坊主)
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ミューヘン駅で下りると女性日本人観光客と一緒になり、「見える丸い二つの塔はネギ坊主といわれ市内のどこからでも見えるように景観条例が定められている」と説明してくれました。

昭和三十年代頃は我が家の二階から港が見えたのに、今や空しか見えない。長崎は観光都市というのに景観条例はあって無きが如くといえる。

2009年7月 2日 (木)

今日の俳句

今日の俳句

     明けがたや水も動かず蓮匂ふ  吉分 大魯

季題・蓮(はす、はちす、蓮華・スイレン科の多年生水草、根は食用の蓮根 、果実も食用にする)

吉分 大魯(よしわけたいろ)、阿波の国徳島の藩士、のち京都に上り蕪村に学んだ。


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2009年7月 1日 (水)

今日の俳句

今日から七月、朝から激しい雨が降ったり止んだりです。若い頃は夏が来るとわくわくしていたのに、今やうっとうしい気分になるのは年を取ったせいでしょう。

七月のなほ雨雲の船出ゆく  米澤 吾亦紅

ユングフラウ鉄道は1912年、ヨーロッパで一番高い所を走る鉄道として開通した。終点のユングフラウヨッホは3,454m。 

ユングフラウ鉄道からの車窓

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2009年6月22日 (月)

09・六月句会

数日前から気温30度、日当たりのよい我が部屋は32度まで上り、梅雨明けした真夏日という感じです。

兼題は「梅雨晴間・雑詠」

 追憶は夫在りし日々月涼し     田鶴子

 老鶯や忘れてをりし里の道     路子

 古希仲間梅雨の晴間の集いかな   山人

 トンネルを抜け万緑の迫り来る   洋子

 木洩日や沙羅の花咲く庭となり   千代美

 らっきょうの香に包まれし厨かな  伯水

 梅雨晴や退院の日の決まりたる   寂水

 リハビリの一歩が嬉し梅雨晴間   汀子

句会は句評、句作の話と、わいわいがやがやと姦しい。終った後も一時間ぐらい歓談となる。早く寝て3時に起床する人、2時に就寝する人、文学者の生活は不規則である。

7月、8月句会は初盆が二人いるため休会となりました。

紫陽花(あじさい)
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2009年6月10日 (水)

今日の俳句

今年は時序の正しき梅雨入りかな  高浜 虚子

(こんねんは じじょのただしき ついりかな)

大体6月10日、11日ぐらいが梅雨入りと歳時記に書いてあるが、その通りにはなりませんが、珍しく今年はこの俳句の通りの梅雨入りとなりました。

去年の三月、全盲のピアニスト辻井伸行さんのピアノリサイタルに行きとても感動をしました。その彼がバン・クライバーンコンテスト優勝のニュースは 何か身内のような格別の嬉しさがこみあげてきました。演奏終了後、借金までして買ったCD、そして握手券をもらい握手までした妻も大喜びである。久々に嬉 しいニューであった。 

十薬(どくだみの異名)

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2009年5月23日 (土)

五月句会

五月句会

気儘とは淋しきものよ蕗を煮る   田鶴子

万緑を映す大窓拭き上げし     路子

孫が吹くクラリネットや聖五月   山人

怖き夢覚めて安堵や明易し     洋子

小庭にも五月の風と日のゆらぎ   千代美

虫食ひの穴みつけたり更衣     伯水

里帰り子に持たせやる古茶新茶   汀子

主催亡きあと、山人が司会、披講をしている。そして句評は各人がそれなりの意見を言うようになり、以前の主催に全てお任せだった句会とは少し違った良い句会になりつつある。一時どうなるかと思ったが「案ずるより産むが易し」である。

                     

噴水の千変万化音までも

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2009年5月17日 (日)

今日の俳句

濃く薄く奥ある色や谷若葉  炭 太祇

炭(たん)太祇(たいぎ)、人事句の名人といわれ蕪村と同時代の俳諧師である。芭蕉、蕪村、一茶は俳句の素人でも知っているが、太祇は意外に知られていない。山人のメルマガ「俳句読本」でも芭蕉、蕪村、一茶と共に採録句が多い俳諧師である。

五月病もあるが、五月が季節では一番好きである。樹々や草花の緑を見ているだけで生命の躍動感を感じる。

初夏が好き森羅万象我とあり  塚原 游子  

実感である。

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2009年4月19日 (日)

四月句会

無駄なもの多き身ほとり春暑し 松井百枝

南向きの我が部屋は連日28度を超えています。

 夫逝きし日々にも慣れて花の縁   田鶴子

 春惜しむ港のバスにわれひとり   路 子

 春愁やきょうも遅れし花時計    山 人

 水郷やゆるき流れと青柳と     千代美

 泣き顔もいつしか笑顔シャボン玉  伯 水

 花冷や茶屋の汁粉の温きかな    寂 水

 おもかげを残す遊里の柳かな    汀 子

 「組織の中で自分が必要不可欠な人間だと思っては駄目だ。そんな人間は世界に一人もいない」というような意味を「チェ・ゲバラ」が映画の中で語っていたと記憶している。主宰が亡くなり句会は成立しないと思っていたのに、何事もなかったように句会が開かれる。主宰夫人やベテランの適切も句評もあり、前とは違う新たな句会として成長しそうである。

町を歩けば躑躅が咲き誇っています。
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2009年3月29日 (日)

三月句会

亡き主宰の夫人の希望もあり夫人宅で毎月句会を開くことになった。

主宰の遺影に語りかけながら活発な句評が飛び交う楽しい句会でした。

何もかも想ひ出となり散る花に  田鶴子

行く春やブルートレイン引退す  路子

五十年振りの札幌春の雪     山人

針に糸通らぬ手先花の冷え    洋子

春の夜や母の寝息と雨音と    千代美

同窓の友も減りゆく花見宴    伯水

聴診器孫医学部の入学に     寂水

寡黙なる夫も亦よし青き踏む   汀子

 

                   

紫芳、花蘇芳(はなずおう)

花蘇芳大きく開けし寺障子  皆川 盤水

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2009年3月 2日 (月)

今日の俳句

船頭の耳の遠さよ桃の花   各務 支考(かがみ しこう)

蕉門十哲(芭蕉の優れた十人の弟子)の一人

年を取った渡し守、話しかけても耳が遠いのかただ笑って頷くのみ、
辺りは桃の花が満開である。正に春爛漫という気配が感じられる。

散歩道の桃の花
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2009年2月28日 (土)

二月句会

今月まで夫の側で句会を開いて欲しいという主宰夫人の申し出により今月も故主宰宅で昼食付きで開催。活発な句評が飛び交い主宰も満足されたのではという気がしました。

夫の名の今は無き句座春浅し    田鶴子

みどり児の春の芽吹きのごと育つ  路子

潔くこの世を去りて春立ちぬ    山人

庭下駄に沈丁の花こぼれけり    洋子

紅梅の小庭父母なつかしく     千代美

尊厳死身近に思ふ春浅し      伯水

年の豆今年は幾つふと想ひ     寂水

春一番七十路の身を斜にかまへ   汀子

   桜桃

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2009年2月 8日 (日)

今日の名句(梅)

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  な折りそと 折ってくれたり 園の梅  炭 太祇

 

季題・梅(バラ科サクラ属ウメ亜属の落葉樹、中国原産で奈良時代以前に渡来したいう) 多分庭から道へはみ出ていた梅が余りにきれいだから一枝失敬 (しっけい)しようとしていると、その家の主が「折ってはいけせんよ」と言いながらも「これで良いですか」と梅を折ってくれた、という句である。なんとも 奥ゆかしい主の人柄が分かりますね。

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炭(たん) 太祇(たいぎ) 1709-71、京都の島原の一郭に住居を構えたという粋人でもある。蕪村とも親好があり人事句の名人と言われた。私の「俳諧を読む」に、芭蕉、蕪村と共に最も取り上げた句が多い俳諧師である。

2009年1月31日 (土)

初句会

来週が納骨なのでまだ主人が居るうちにという夫人の意向もあり、主宰宅で新年会をかねて初句会を開きました。

 余生とは地球の隅に日向ぼこ   蕉露(主宰)六点句

 草や木やそれぞれに枯れ我もまた 蕉露

 枯れてゆく川逆光の水光る    蕉露

 去年今年なく忌ごもりの庭を掃く 田子

 穏やかな遺影の部屋に日脚伸ぶ  路子

 亡き師より賀状来てをり達筆な  山人

 初旅や車窓の景も新たなり    千代美

 恩師逝き年明くる日々儚くて   伯水

 師を偲ぶ筆の重さや初句会    寂水

 元旦や巻頭かざる師の一句    汀子

 (元日の地元新聞「きょうの一句」に主宰の句が掲載されました)

 主宰が亡くなられて、遺稿を整理された夫人が12月句会に出句予定だったと思われる句を見つけられ、三句を出句されました。無記名でしたが上句が6点という最高得点をとられ、主宰は見事に掉尾を飾られました。

句会が終り今後どうするかを話し合い、出席者全員が、従来通り毎月例会を開くことで一致し、主宰代行は夫人、会の司会進行は山人ということで一件落着となりました。

主宰宅からの彦山(寂水さん撮影)

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仲良し雀と目白(寂水さん撮影)

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